【2005年07月号】いま「心理」は、効果的ビジネス・スキルとして企業研修の世界にも入りはじめている。たとえば「相互依存(発展)」の考え方も、即役に立つ。

2005年7月号

いま「心理」は、効果的ビジネス・スキルとして
企業研修の世界にも入りはじめている。
たとえば「相互依存(発展)」の考え方も、即役に立つ。


 私たちの会社では、あまり外部に表現していないが、大手上場企業向けに、心理的なヒューマン・スキルを応用した企業研修をおこなっており、大きな成果をあげている。その講師をしていただいている栗原英彰さん(VDI)の得意先との打ち合わせは実に興味深い。打ち合わせしているだけなのだが、同席しているこちらも勉強になってしまう。ビジネス・ミーティングで「おー、そうかー!」と気づけるなんて、なんだかとても得したような気になる。心理の世界は、およそ人間が関わるところなら、ビジネスであろうと個人であろうと、関係なく高い効果をあげることができる。いま、心理の世界は、ビジネスの世界に徐々に浸透しつつある。それは、ヒューマン・スキルとして本当にビジネスの現場に「効く」ということが、経験的に納得されてきたからに他ならない。一例をあげよう。
「相互依存」(interdependency) 。この日本語は直訳にすぎる。一般のひとは不健全な「依存」の概念と勘違いするだろう。しかしそれは「共依存」(codependency)の方だ。ほとんど反対概念といっていい。共依存は「もたれ掛かりあい」であるが、相互依存は「持ちつ持たれつの関係」。健全で発展的な人間関係だ。
ついでに言っておくと「共依存」は、たとえば母親と子の間で起きると、子が適切な時期に自己を確立できなくなる。「いつまでも自分にもたれかかってくる、うっとうしい相手に、自分もまた、自分を庇護してくれる者として依存している」という関係性で、アンビバレントな環境に「自己」は引き裂かれて成立せず、果ては事件に発展することも。共依存は、ビジネスの人間関係ではあまり起こらないが、例えてみれば、過干渉課長と指示待ち部下の疲れるほど密な人間関係だろうか。会社の人間関係はまだ逃げ場(退職や部署替え)があるので、通常は、大事には至らない。共依存の特徴は、ふたりがその依存の関係性を、認識していないところにある。
一方、「相互依存」は「相互発展」という名称の方が好ましいくらいで、お互いがwin/win (勝ち・勝ち)の関係性だ。書籍「7つの習慣」などにもこのコンセプトは出て来るが、「相互依存(発展)」は「自立」との関係性でみるとよく理解できる。この自立と相互依存(発展)の考えを、おそらく最初に位置づけたのは、コヴィーではなく、人間心理の天才で著作も多いチャック・スペザーノ博士の方が早かった。チャックの人間観察はどれも秀逸だが、「成長の三角形」と呼ばれる人間の成長モデルは特にすばらしく、ビジネスにも充分に応用が効く。わたしは、専門家、栗原さんのように詳しくないが、人間は最初は「依存」から始まる。赤ちゃんの状態。ビジネスの世界でいうと「指示待ち人間」。次に「自立」がくる。「わたしは、できる」に至った人は、ビジネスの世界では、肩書に「長」がつくことが多い。「マネージャー、管理職」の段階。
そして「自立」のその次のフェイズはありうるのか。私たちは自立したら「上がり」、と思っていないだろうか。いいえ。自立したマネージャーは「わたしは、できる」というところにいるが、だからといって彼の率いるチーム全員が「わたし『たち』は、できる」という状態にはならない。組織は個人が勝てても、グループで勝てないと意味がないグループのゲームだ。そして、自立へのフォーカスが強ければ強いほど、むしろ相互依存(発展)の状態に向かうことをむずかしくする。
松下幸之助は、この相互依存(発展)の典型的達成者である。「わたしは空洞ですから、わたしはなにもできませんので、優秀な皆さんが、がんばって私を助けてください」というところに立っている。自立したひとには、これが世の中で一番むずかしい。どうしても自分でやろうとしてしまうし、そうでなくても、ひとのできないことばかりが目についてしまう。相互依存(発展)は、人としての成長の次の段階であり、自立した人の「自分」が、この段階ではかなり引っ込んでいるのに、あなたは気づかれたかもしれない。
それでは、この相互依存(発展)に進めたマネージャーは、いかなる心理手法を使って、単なる自立の段階から次のフェイズへと進めたのだろうか。長い時間かかって、自分なりに体得するマネージャーもいると思うが、ひとつの効果的な方法は、「認める」「承認する」ということだ。チームのひとりとひりを認め、承認する。承認とは、単に褒めるのとはちょっと違う。その人がやっていることを「認識」し、それがうまくいっている、「一定の効果をあげている、と認定」することだ。この「相互依存(発展)」と「承認」という、ふたつのことを知っていて、かつ実行できるマネージャーは、実は大手企業にも多くはないかもしれない。偉そうに言っている私だって、うまくできない。しかし教えていらっしゃる栗原さんは、ご自分がその考え方を体現し、生きていらっしゃることが素晴らしい。こんど、栗原さんにこのテーマでご本を書いていただこうと思う。そしてわたしが最初の読者になって、よーく勉強しようっと・・・。
  喜多見 龍一


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