【2006年1月号】団塊の世代が新年に想う、かもしれない「3つの健康」。

2006年1月号

団塊の世代が新年に想う、
かもしれない「3つの健康」。


 正月、ひとは人生に戻って来る。年々早まる時の流れに一息ついて、人生のこと、だれかへの想い、失敗の感情と成功の感情、そして自分の血圧や血糖値のことを考えるかもしれない。除夜の鐘がゴーンと鳴ると、みな、終わろうとしている書き込みの多い、しみのできた古いページと、これから開かれるまっさらな新しいページを思い描く。どんなひとにも等しく用意される、純白の一ページ。必ず古いページをご破算にできるのが、システムとしてすぐれている。「あらたまる」は「新魂(あらたま)る」であって、キネの男性性とウスの女性性によって練られた気のかたまり、モチを食べて、日本人は毎年、あらたな豊穣へと再生するのだ。
人生のプライオリティで一番高いのが「健康」。ケチブーな神さまが、あんたの人生にはひとつしかやんないよ、と言ったらすかさず、「お金」など選ばずに「健康」を選ばねばならない。その健康には3つある、という。「肉体の健康」「精神の健康」「経済の健康」。
だいたい20代の頃に健康について考えてるやつなんていないのであって、いたら気持ち悪い。「あしたはCTスキャン行ってかたっぱしから内臓見てもらうぜーッ」なんて奴はいない。無茶をやったあとにフッと我に返り、やっと健康を見る。そんなもんだ。とくにわたしも入る団塊の世代(コアは1947年〜1949年生まれ。その前後も)はあと数年で60歳定年を迎え、話題は圧倒的に健康だ。クラス会だろうと役員会だろうと、じいちゃんばあちゃんだけが集まる会の話題は、100%「健康の話」。遠近両用メガネは疲れるかとか、おしっこが近いひとがどうやって眠る時間を少しでも長くするかとか、「あ、あの医者のとこ行っちゃったの、だめだよーあそこはー」とか、そんなんばかりだ。ただ、肉体の健康はまだ扱いやすい。年に二度の健康診断に、死亡リスクの高い近親者死亡原因をウォッチする腫瘍マーカー等オプションを追加する(ここでお金をケチっちゃだめ)。こうすれば、少なくとも余命3カ月でいきなり死ぬことはなくなる。義理の兄が医者で、これとこれをウォッチしてればまず死なない、と豪語している・・・。財産の多少にかかわらず、遺言は書くべし。死んだあとに、ささいな財産を仲のよかった子供たちが、フンッと反目するのを天国から見るのは情けない。だいたい親ってのは、子がふたりいたら、それぞれの子に、それぞれいいことを言ってるもんなのよ。お前にみんなやるからな、ってふたりに言ったらおかしくなる。
次に、私たちの世代は、最後のまじめに働く世代。まじめすぎる。退職した日にかみさんにじゃけんにされたとか、窓から見える樹の葉っぱが色づいて落ちちゃった(当たり前・・・)とか、ほんのささいな原因で「うつ」になる。「不眠」は黄信号点灯。不眠外来は精神科だ。それと、できればやりたくないがやらなければならないリスト(たいていは直面しなければならないto do リスト)をずっと後回しにしておくのもよくない。これはすごくよくない。なぜか分からないが、自分で自分を傷つける。精神の健康は因果関係が見えにくいことがあるので、ちと面倒。高齢者の自殺は寒い地方ほど多いが、日本ではベトナム戦争なんて目じゃないくらいたくさんのひとが毎年死んでいる。ほとんどが「うつ」。でも、うつになったら喜ぼう。うつは必ず治るから。現代日本のちゃんとした精神科医はそう言っています。治る障害って少ないので、貴重。身体を動かすことから入る治療が有効。
ベビーブーマーは長生きする。とそれだけコストがかかる。仮に60歳で収入をストップして、85歳まで生きたとする。25年の夫婦ふたりの生活コストをきちんと計算したことあるひと、さらにその蓄えのあるひとは、極めて少ない。なんとかなるさ、というのも実はわたしは嫌いではないが、このケセラセラを実現するためには、じぶんに対する「不動のコンフィデンス(自信)」が根になければならない。お金をかけすぎか、少なすぎか知らないが、仮に年間500 万円でふたりで暮らしたとして1億2千5百万円必要。2003年の調査によると、60歳の時点で1億円以上の資産をもっているのは、全世帯の1.4%、72万世帯。全体の80%、3880万世帯は3千万以下の資産しかもっていない。ちなみに5億円以上もっているスーパーリッチはぜーんぶの世帯の0.1%、6万世帯。3千万円で仮に25年間働かず年金もないとすれば、年間生活予算は120 万円、月々10万円で夫婦ふたりが食べて遊べるだろうか? 持ち家ならできるのかな? 病気になったりバカ息子が借金作ったら、かなりきつい。しかし当然60歳はまったく元気なので、もう一度働く。持ち家を人に貸してタイ北部に夫婦で移住する、という手もある。たぶん10万円でいける。
橘川幸夫さんという天才マーケッターがいて、最近知己を得た。彼もこの団塊世代だが、いわく、この世代は「集団」として語ることができない、はじめての集団(個の集まり)だという。シニア向けの商品も買わない。そのマーケティングの仕組み自体を彼らが作ったから。でも、自分でなにものかをみずから作ろうとはする。それは新しい価値観かもしれないし、じぶんがその人生の出口の25年間で、過去のモデルもなく作り上げる経験そのもの、神の良質なネクターなのかもしれない。この世代は3つの健康をキープして、余剰ではない二番目の人生のモデルを作り上げると確信している。
  喜多見 龍一


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