【2003年9月号】ツキ放すと、ツイてくる 気まぐれな女神。

2003年 9月号

ツキ放すと、ツイてくる
気まぐれな女神。


 「ツキ」というのは風に似ている。それも、淡くそよぐ風。吹いている方向もつかめず、次の一瞬を予測しにくく、吹いているのかいないのかさえ定かでない。このきわめて気まぐれな女神殿の行動原理を知りたければ、女神と究極のお付き合いをしているギャンブラー達の生態を研究するのがいいのかもしれない。彼らはこの気まぐれ女神のご機嫌をどうしたらとれるか毎瞬々々考えている。それだけが彼らの仕事であるかのように。彼らは実際の勝負中だけでなく、その前日からツキという制御不能な女神をほんの少しでも御すべく、傍から見たらなんじゃと思われるような「流れを自分にもってくる独特の方法」を次から次と繰り出している。彼らは、相手のギャンブラーと勝負をしているように見えて、実はツキという制御不能神と自分の方がより仲良くならんと全力をあげているのだ。ハスラーだったか、映画でギャンブラーが後ろから肩を叩かれると「おいツキが落ちちゃうじゃねえの」って気色ばむシーンがあったような気がするが、なにせ気まぐれな神なので、ほんのちょっとした刺激で、あるひとの肩に乗っていたのに『あっ、そういえば、ちょっと用事を思い出したわッ」とか言いながら、そそくさとお出掛けになってしまうのである。いままでガツンガツンにツキまくっていたその博徒は、ヒューーンとなにかが去っていくときの微風のようなものを頬のあたりに感じ、その後ガチョンガチョンに負け、帰りは寂しくコートのエリを立てて安ホテルに帰っていくのである・・・。逆もまた真なり。まったくツカなかったおねえさんが、なんの関係もないこと、そうだな、たとえばポーカーをやってるとしよう。誰かから電話がかかってきて一時ゲームが中断した。たったそれだけのことで、まったく流れが変わってしまって、ガッポンガッポン勝ちまくるというケース。神出鬼没、ムラムラ気分。蝶が羽ばたくだけで女神は尻をもぞもぞさせる。『あっ、そうだわ、あっちのおにいさんの肩の方が居心地よさそうな気がする。バイチャーッ』てなもんで、去っていくのも早い早い。だいたい賀状に書いたような事項を博徒たちは(そうじゃないひとも)やっているのである。しかし、大勢の意見を裏切ることに意義を感じるという、ひねくれた女神が相手なので、そうやっても当たらないこともありうるが、まあ、女神ご一行様歓迎基本モードとしてはいいだろう。「ココ一番、決めなきゃ」という時にこの博徒ご一行様行動規範が役に立つ。実際はとっても微妙ですけど。たとえば基本的には緊張しているやつよりリラックスしているやつが勝つわけだけど、適度な緊張はオッケーとか。動いているやつの方が動かないやつよりもツキに強いが、決定的な確信をもって動かないやつはもっと強いとか・・・。しかし世の中にはツキを呼ぼうなどとは、ゆめゆめ考えたこともなく安定したツキをもつひとも存在する。「ひとはひとを助けるのが自然であり喜びであるという人生態度」のひと。このひとの肩は、なぜか女神が乗りたがる独特の居心地のよさを醸しだしているに違いない。いかなブラフィング(はったり)にたけた博徒たちも、この人生態度には勝てないのだ・・・。
  喜多見 龍一


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