【2008年7月号】社会変革の実効性を高めるためにビジネスを組み込むのは、善か悪か。

「社会起業家」(Social Entrepreneur ソーシャル・アントレプレナー)という言葉がある。グーグルでは約120万件、日本のアマゾンには10冊を越える本があるようだ。1980年にアショカという社会組織を始めたビル・ドレイトン(Bill Drayton)によって広められた。彼は元、マッキンゼーのコンサルで、カーター時代に政府の環境の仕事をしたことから始まり、いまの排出権取引の仕組みを作ったともいわれる。バングラディシュのマイクロ・クレジットのことならニュースなどでご覧になったかもしれない。2006年ノーベル平和賞のムハマド・ユヌスが、現グラミン銀行の一番最初の一歩、小さな村で女性たちにお金を無担保で融資し始めたのが76年だから、アショカよりも早かった。ムハマドは、現アショカのアドバイザーであるらしい。

この社会起業家というモデルは、実効性が高いという意味で、たいへん興味深い。アショカは、一般の個人を横につないでいく。ウェブのハイパーリンクのように、それぞれのハブから個々人がチェンジメーカー(彼らのビジョン)となって広がっていくモデル。大きな会社や慈善事業団体や国が、物量でダーッと改革を拡げていく、というモデルではなく、小さな単位が網の目状に「自律的に」広がっていく現代的モデルだ。

「寄付金モデル」は、政府のODAから篤志家のものまで、欧米では広く文化として定着しているが、たとえばアフリカへの援助は、額は大きくても、結局本当に必要な人に届く前に、政府や役人などに吸い上げられてしまうことも多い。それは「外側」から行くからだ。この新モデルでは「内側」から行く。いきなり必要な人にダイレクトにつながる。効率が悪いようで、実は効率がいい。

現代では社会の血液は、お金だが、そのお金が一方向だけに流れるのではなく、円環となってグルグルとまわる仕組みがあることが大切だ。バングラディシュの村のおばちゃんたちがカゴを編んで小さな商売を始める、そしてグラミン銀行は小さな融資でもきちんと金利を乗せており、5人ユニットでの連帯責任貸し出し等、クリエイティブな工夫もあり、2%という低い貸し倒れ率を誇っている。ここでは「金利」をネガティブな目線で考えていない。金利があるから、借りた方も必死に返す、という全体の「仕組み」のなかの重要なファクターとしてポジティブにとらえられている。

今、世界の人口67億弱の約半分が1日を2米ドル(200円)未満で暮らしている。日本でも年収200万円以下の人たちがジワジワ増えている。それでも社会を変革しようと考える人たちはいる。芸術でそれをなしとげようとする人々。ビル・ゲイツの死後50年間ですべての財産を寄付して使い切る構想のゲイツ財団。2008年度の世界一の金持ち、投資家のウォーレン・バフェットは人生の後半で4兆円強の寄付をおこなった。もちろん、皆グッドウィル(善意)の持ち主であるが、それでドミノ倒しのように変革が広がっているかというと、そうでもない。社会変革の実効性は金額の多寡ではない。「仕組み」「うまくいくモデル」が必要なのだ。社会起業家という言葉が語っているモデルは、ビジネスをその仕組みのなかにうまく取り込んでおり、もしかしたらこれで本当に変わってしまうのかもしれない、と感じさせるものがある。同時に、私たちの今の集合無意識が、そうした貧困と富の格差や社会的不正義に対して、NOを言いはじめたことも大きな変化である。世界というナベの中が充分に熱くなっていれば、社会起業家のようなモデルがうまく働き、好転のドミノ倒しが起こる確率はある。

アショカフェローといういう2千人のアショカのひとりひとりの細胞は、以前のような気弱でやせた篤志家ではなく、ビジネスで鍛えられたタフな人々だ。これには誰にでもなれるわけではなく、「死ぬまでやったるでえ」という意図がないと選ばれないようだ。お金で買えない名誉、という仕組みもうまい。いまの日本の大学生たちが「お金」や「ビジネス」に対してどう感じているのかわからないが、米国では、いわゆる企業に就職せずに、NPOやNGOなどの社会活動に入っていく人口も多い。日本の学生にも「社会に貢献したい」という気持ちも少し感じる部分もある。別に必要以上に利益を上げる必要はないが、お金をネガティブに考える思考パターンも、そろそろ終わりにしたい。

医療もビジネスを組み込みにくい分野という思い込みが私たちにある。骨髄液の幹細胞を利用した再生医療が日本で、実験的ではあるが始まっている。足先から壊死しようとする患者に自分の骨髄液から採取した幹細胞注射するだけで、血管がみるみる再生し、脚が再生する。たぶん数百兆円規模のニーズを掘り起こせる。病院がビジネスしたっていいじゃないか。それで良いシステムが加速してお金が循環するのであれば。

医療、食料、環境、水、経済格差、あらゆる分野で、うまくいかないことを、ビジネスを組み込むことで、お金の円環と、実行スピードの加速ができるのであれば、どんどん活用したらいい。新しい時代の「良き意図」の浸透は、すでに始まっている。古いものは壊れ、新しい奔流は止められない。その流れは、オバマが大統領になるのと同じくらい、もう誰にも止められないと私は思う。

喜多見 龍一


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