【2009年11月号】右手に「幸福」、左手に「希望」を持つ者は、幸せなるかな。

私の乗る電車の線でも、最近ほんとうに多いのが、「人身事故のための遅れ」だ。相当割合が自殺と思われる。日本全体で毎日で100人近いひとが自殺しているので、そのうち何人かが鉄道を思い浮かべても不思議はない。09年の前半だけで既に1万7千人以上が自殺。平成10年からずっと、日本の自殺者は3万人を超えており、これは先進国のなかでも特異だ(通常多いのは途上国)。日本にないのは、「希望」だけとも言われ、悲しい。年齢では高齢者が多いと思われているが、実際のピークは50代であり、次が60代、70代は20代と同じ程度しかない。経済的な理由も多いはずで、職業別では無職がダントツ1位だ。

しかしながら、では豊かであれば自殺しないかというと、そうでもない。これを書いている前日に、加藤和彦さん(62歳)がそのように亡くなった。若い方はこの名を知らないだろうが、私たちの世代では帰って来たヨッパライや、サディスティック・ミカバンドなどで有名。うつだったとの報道だ。 日本の自殺者が50代が多く、豊かで(推測)過去に成功したひともみずから死ぬということは、人生のタイムライン上で、過去の自己イメージに「比べて」今の自己イメージが受け入れられないことを示している。以前はバリバリ働いていて今は無職、とか、成功してきた自分が今はなにも意欲がわかないとか。足踏みしている自分も自分のかわいい一部と認知するひとはたぶん死なない。

東京大学社会科学研究所で日本の学者たちが、「希望学」をまじめに研究している。その主要メンバーの玄田有史さんが語っている。年収が高く(1千万円超)、最終教育が高く(大学以上)、孤独でない人間のほうが「希望」をより多く持っているが、しかし、このゾーンのひとでも希望や幸せ感を持っていいないひともいるので必要充分条件ではない。

本田健さんも研究している「幸福論」。この幸せ感は「現在」感じているもの。対して「希望」は、時間的な「変化」を経た後にあるもの。未来の「想像」であって、幸せの現在感覚とは違った側面をもっている。欧米の大学もこういう心理的要因を研究するのが好きで、ハーバードをはじめ、いろいろなところでまじめに研究されている。

幸せと同じように、希望にもその度合いを測定する絶対値はない。つまりそれぞれ、希望を感じるための要素はばらばらで、70%を超えたら希望があるというような絶対値もない。ということは、ひとによって、同じような環境にいても、かたや希望を感じ、かたや感じないわけだ。たとえば、玄田さんもちらっとおっしゃっていたが、人生で一度落ちたひと、たとえば離婚した、職を失った、借金を背負ったというところから這い上がったあとは、ひとは強くもなるし「幸せ感や希望に対しての感受性ポイント」が上がる。

つまり、プラマイゼロのポイントがあるとして、ここでは、特に幸せでもないがとくに不幸でもない。希望バリバリでもないが、希望ゼロでもない、というポイントとすると、自分はこのゼロポイントにいるという自己イメージのひとは、幸せを感じるにはゼロより、さらに上に行かざるをえない。しかしながら、一度マイナスに行ってしばらくそこに滞留し、そこから長い苦しい時間を経た後に少しずつ上昇したひとにとっては、ゼロポイントは幸せこのうえない。希望ランランの場所なのである。

真逆のパターンは80年代のように、国民みなイケイケ状態のときから落ちていく場合。これはけっこうきつい。ゼロポイントより上なのに希望がない、幸せ感がないと感じるだろう。戦争などというきわめて特殊な状況では、いつ死ぬかわからないわけで、きわめて過酷な状態だが、不思議なものでひとは、意外に絶望したり四面楚歌にはならない。むしろ、サバイバル本能が刺激され人生は活性化する。それに、わざわざ自殺する必要もないし・・・。

先日テレビを観ていたら、ひとはなぜ絶叫マシンに乗りたがるのか、という番組をやっていて面白かった。近年のジェットコースターは体感G(重力加速度)が計画的に設計されている。5Gの7秒だったかでひとは失神する。その手前ギリギリのところを1秒だけ味合わせた直後に「Gの解放」が起こるように仕組まれており、その解放の瞬間にひとは、ある種、肉体的な「強い幸福感」を感じると。

落ちたところから上がるときにこそ、人生最大の喜びがある。落ちねばならないわけではないが、落ち続けるジェットコースターがないように、人生にも必ず昇りが用意されている。逆説的だが、落ちることこそが強い幸福感を生み出す、という考えが、すべての人間に「希望」をもたらさないか。

喜多見 龍一

※書籍は、東京大学社会科学研究所 玄田 有史他著で、「希望学1〜4」が出ていて、すべてアマゾンの5つ★付き。東大社研の「希望学プロジェクト」サイトも研究成果が充実している。


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