【1997年11月号】ガイアシンフォニー3を観た夜は、妙に人恋しくなる。


1997年 11月号

ガイアシンフォニー3を観た夜は、妙に人恋しくなる。

龍村仁監督の「ガイアシンフォニー3」の試写を観た。 私はまだ人が観ていない映画のことを語る時、なるべく「語らない」ことを信条としている。が、ちょこっとだけね。

気鉢兇粘に 100万人の人が観たんだって! しかもご存じのように自主上映で。形而上の世界を良質な芸術として見せるのはとてもよい。まず、ケイタイ電話が上映中、一回も鳴らなかった(なんていい客達なんだ!)。

それにつけても、あんなに深く、人から愛される人間が存在するなんて(観てないとなんのことか分からないよねえ。ウフフ)。「島を見るんだ」というシーン、よかったなあ(ますます分からん・・)。翔馬クン、可愛かったなあ。我が家のマナちゃんにそっくりだったなあ。ああいう(こういう映画を撮るのだという)強い意図、良き意図をもった時には、コマがひとつひとつの穴にキチンとはまるような「共時性と物語性」が生まれるのだなあ。

帰り道をかみさんと歩いていると、男性二人が「隣の席の女の子がね、泣きっぱなしなんだ。最初っから最後まで」などと話している。まあ、私はふてぶてしいので、泣きませんでしたがね。あれ、悲しいんじゃないんですね。「カタルシス泣き」ちゅうやつですね、きっと。会場から 出て、感慨深げに、しんみりと言葉少なに歩いていたら、急にかみさんが「あの奥さん、きっと再婚しないよ、うん」と言う。とたんに「現実」 に引き戻される・・・。まあ、いいか。

帰りに赤坂見附の中華料理屋に久々に入る。ああ、店長が10年前と同じ人だ。懐かしくなって声をかける。「10年前、この隣のビルにいたんです」と言ったら、なんと「覚えてますよ。よくいらしてましたよね」「・・・(絶句)」10ヵ月ぶりじゃなくて10年。なんてえこった。いい映画を観ると、妙に、人恋しくなる。

  喜多見 龍一


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