【2011年7月号】無意識でやっていること日常のなかで意識化してみよう。

先日、テレビを観ていたら、(ダイエットのために)噛む回数を30回ぴったりに、できた・できないを記録する、ということをやっていた。それでさっそく、できるかどうか会社のランチの時間に試してみた。結果、「噛む回数」の制御というのは、人間のなかでは、相当に「自動化」されており、確かに数えられるけれども、数えるのには相当、意識をそこにフォーカスしていないと、3秒後にはすぐにテキトーに噛んで無意識に飲み込むモードに戻ってしまう、ということが分かった(すごく面白いので読者もやってみることをお勧めします)。

ちなみにこのスキルは、30回より多くもなく少なくもない、ぴったり30回のときだけマルを毎日毎食書き込んでいくと、だんだんその表のなかにマルが増えていき、自然に「一回に口に入れる量」も、噛む回数もコントロールできてしまう、という、お医者さんが考えたにしては、すっごく頭のいい方法なんですけど。

それしても、私たちは自分の行動を見るときに、生活のあらゆる局面で、この「自動化」(=無意識化による自動行動)が起きていることがわかります。たとえばあなたがよく行く場所、会社とかスーパーとかに出かけて、自宅に帰る道筋、というのは完全に自動化されている。なんか5分間歩いてから、「あっ、いけない、今日はどこそこに行くんだっけ」と道を戻ることがある。歩いているならまだ戻りようもあるが、電車やクルマの場合、けっこう面倒なことになる。クルマで何百何千回行っている場所に向かう道から、途中で折れて別のところに行く、などというケースを考えてみると、そこを曲がるのがいかに難しいかわかるだろう。家を引っ越した直後に、以前の家に向かってしまったことのあるひともいるはずだ。

特にクルマの運転というのは、ただでさえ、そのときのあなたの意識は催眠状態にあるわけであって、それに「自動化」が重なっているので、「無意識の極み」のような状態になっている、と言っていい。

私たちはこうしたこと以外にも、自分の行動パタン、自分はほうっておくと、これこれのモードに入りやい、ということもある(心理的=感情的、生理学的、経験的フィルター)。これも、無意識のなかで長い間かかってプログラムされてきたことなので、「意識のフォーカス」をあえて意図的にそこに当ててやらないと、噛む回数を数えるのと同じように難しい。しかし意識の光をあててやると、「ああ、なんかわたし、いま自動的にこう感じ、こう動こうとしている」とか、「あ、自分は、なんか変なモードに入りつつあるな」と気づくことができる場合もある(ということは、できない場合が多いんですけど・・・)。

よく、おじいさんが(おばあさんもそうかなあ、やっぱ、おじいさんが多いような気がするが)しょーもないことで怒っている、というのに出くわすことがあるが、あれはたぶん、身体のホルモンバランスが変わってしまった(いわゆる更年期。男性もある)などの理由で、感情が安定しなくなったのだと思われます。こういう「身体の生理」からくるフィルターの場合も、意識のフォーカスを、この場合、感情の動きに当てることで、自動化、無意識化から離れることができる。呼吸が浅い、などというのも、自動化の最たるものですが、生命の根本活動で、年齢の年数重ねてきた自動化フィルターなので、深い呼吸を意識的に続けるのも相当難しいかもしれない。

セラピーの世界で、最近流行りで、実効性もあり安全性も高い、といわれている手法「認知行動療法」も、結局このことをやっているわけです。

たとえば「多くのひとが見ているような状況で、大切な場面であればあるほど、必ず失敗してしまうんです」というひとがいたとします。この言葉には少しウソがあって、どんな場合でも毎回100%失敗するということは通常ない。これはNLPでいうところの「認知のラベル化」。成功した場合もいくつかあるはず。その成功ケースに意識の光を当てて、それをリソース化するためにしっかりと「認知」する。

このひとは「いつも大切なときに失敗する」というフィルターをもっているわけだから、無意識で行動すると失敗する確率は実際のところ高い可能性があります。先日「元ライブドアの堀江さんが収監された」という番組をやっていて、堀江さんは何年もずっと彼を追っていたカメラに向かって、短く編集されたなかに二度もこう言っている。「金をかせぐってことは、簡単なんです」。「ちょっとしたコツのようなものがあって、ぼくにとっては本当に簡単なんです」と。彼は仮に無一文になっても、すぐにそこから億単位の金を簡単に作り出すだろう。「自分にはお金をつくるのは簡単なこと」というフィルターをもっているので、現実もそれに沿って形成されるからだ。

自動化(無意識にどーしてもそうなってしまう行動)の裏には必ず、こうしたフィルターが存在する。そして現代のセラピーでは、原因をさがしに過去にずっとさかのぼったりしない(セラピーの短期化=ブリーフセラピー化)。そうした行動そのものを自分自身で制御できるように直接本人の認知にさわって、そこから行動の別のオプションを自分で選べるようにする。

あなたも、今日一日、なにか自動化されている自分の行動をひとつ見つけて、そこに意識の光を当て、「意識化する」ことを試してごらんになると、いろいろと発見があると思います。理屈が分かっていても、やってみることに最大の意味がある。「分かっている」と「できる」の間には深い河が流れています。そのプロセスはヒト科の最大のエンターテイメントと思う。ワークショップのエクササイズといっしょです。ワークショップに出たら、エクササイズをちゃんとやるのとやらないのでは、その後がまったく違う。楽しんで!!

喜多見 龍一


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