【2001年11月号】受けた善意を新たな人へ送ることで、世界は善きものになっていくか

2001年 11月号

受けた善意を新たな人へ送ることで
世界は善きものになっていくか


 このメールを書いている時点では、米国はアフガニスタンに空爆を実施。今回、国内外の友人たちからEメールを多数拝領した。どれもすばらしい内容だ。ネットの世界では簡単にブッシュ大統領にメールも打てる。友人に誘われて武力行使反対署名(米国サイト)で私がサインした時には1週間経過で36万人がすでに署名。それでもネットでこうした意思表示をすることは比較的「安全」で、たとえば米国議会で全員が報復賛成決議をする時にただ一人だけ反対することの方がはるかに難しい(カリフォルニア州選出女性議員)。ボブ・トラスク(米国講師)などは自分の生徒さんに戦争反対を訴えて、何人かの顧客を失う、といった局面も見えて、「あなたはどれだけリスクをとったか」という質問が重い。「感情」は善きことも悪しきことも、がむしゃらに推し進める馬車馬である、と書き送ったメールをブッシュ氏は、まあ読んでいない・・・。日本は戦争を放棄することを憲法にうたった世界でも希有な国であり、世界に誇れる。日本は自衛隊派遣でも、お金の援助でもなく「第三の道」を世界にアピールすべきだった。世界の中で「日本とはなにか」をより明確にするためにも。第三の道は「教育」と「国際的富の平準化」になるかもしれない。世界の人々の信仰や生き方に直接働きかけることは難しく、その土壌を「豊か(富の平準化)で風通しのよいものにする(教育)こと」しか私たちにはできないだろう。狩人はどうしても狩りをしようとする。「農耕」にたけた日本人のなすべきことは第三の道である。
映画を観た。世界を善きものに変えるアイディアを募る中学校の宿題で、AIのメチャかわいいあの子、オスメント君が「善きことをされたら他の三人に善意を返す」(原題Pay it forward)という「善意の無限連鎖」を考える。『善意は無限連鎖するか』という命題が興味深い。しかし途切れそうになる。いろいろな理由で。理由その1「(善きことを)受け取る側の問題」。世の中に善きことを生涯一度も受け取ったことがない、という人は存在しないが、それを善意と「認識しない」人は存在する。映画では、なにか裏の意図があるのではと、突然クルマを贈られた記者が勘ぐるシーンが端的にこのことを表している。理由その2「なにが相手にとっての善か」。自分にとっての善ではなく。また助けることが助けることにならない、という皮肉な矛盾。理由その3「物理的なものは善とならないかもしれない」。根本には常に形がない・・・。理由その4「善意をなす、とは相互交流的であるがために、発信側もまた啓発されていないと、実行できない自己矛盾」。自分に開いた穴が善意をゆがめたり、実行時のパワー不足となる。
今回頂戴したメールにNY/DC テロに「11の符号」というのがあって、興味深い。さまざまに11がからむ。タロットの11は「正義(ジャスティス)」で、秤で描かれる。その秤はジャスティスを乱発する米国ではなく、世界の「法」である。そして次にタロットは12「吊るされた男」13「死神」へと進む。しかし、これを表面的に受け取ってはならない。より高次な力は必ずや、新たな秩序とよりよい世界への展開に振り子を大きく反対側に振ることになるからだ。
  喜多見 龍一


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