【2002年3月号】ナウの力

2002年 3月号

ナウの力

 時間をどう認識するかは、とても興味深い。通常私たちは、過去−現在−未来とリニアな流れと感じている。しかしこれを「現在」というものだけが常にあって、過去と未来は現在の中に畳み込まれているもの、と見てみると、なにか独特の感覚がやってくる。そもそもこの世界は、私たちが関知している世界とは違うかもしれないわけで。網膜では倒立した逆さ世界を、脳で正立と認識する「習慣」が、世界は正立しているとの認識を生み出している。世界はひとつでさえ、ないかもしれない。ホーキングの最近の東大での講演によると、私たちは縦横高さ時間という4次元に住んでいるが、実際の世界は十数次元であって、影の世界の存在も推測される、としている。私たちの脳の認識と実際の世界が違うならば、時間が現在しか存在しないと思ってもいい。

どう思おうと、役に立ちゃーいいんです。時間が存在しないとは、時間がリニアな流れではなく、現在という一瞬だけがある、という意味。実際の感覚でいうと、「意識を常に現在にしかフォーカスしないで、過去の思い込みや、来てほしい未来を意識に持ち込まない」ということになる。なぜ現在だけを相手にしてりゃーいいのかと、というと、過去と未来は現在に畳み込まれているわけなので、結果的に過去と未来をコントロールすることになるからだ。それはなんというか、ボーッとする感覚に近い。しかしただボーッとするわけじゃなくて、研ぎ澄まされてボーッとするという感じ。私、昔、中国拳法を習っていたことがあって、おじいちゃん先生の達人がいた。その人、ただの太ったオジサンみたいなんだけど、酔拳がメチャうまくて、どんな屈強な若者がかかっていっても勝てない。身体の力が完全に抜け、ボーッとしているようで、でも360度どこから敵が来ても、間髪を入れず反応する。瞑想時に半眼でボーッとしているように外から見える時、本人は世界のすべての出来事が手にとるように、針一本の動きさえも認知している、てな感じに近い。意識を今にフォーカスして生活すると、この武術の達人や深い瞑想状態のような感覚に近くなる。身体が「変性意識」状態になっており、「全方位認知」の状態といえる。

ナウの状態の時には、頭の中がハッカでスーッとするように静かになる。ちょうど瞑想時に時折やってくる頭の中の会話がやむ瞬間に近いかもしれない。千km四方を見渡せる瞬間とおしゃべりがやむのは同時である。そうなると「直観が静かに全開状態」となるのもすばらしい贈り物である。

ナウは千里眼であり、武術の達人であり、察知と伝達の達人である。それらの能力を正しく使うことができれば、仙人が独特の「直截ではない」やり方で人に示唆を与え、そのことで人を援助する、なんていうカウンセラーの達人みたいなこともできるようになるかもしれない。
  喜多見 龍一


 >  喜多見 龍一の読むワークショップ