【2012年3月号】あなたの人生に圧力がかかるとき 神さまは、あなたを頼りにしている。

2012年はいろいろなことの分水嶺になるだろう。これを書いている時点2月後半では、"なにごともなく"的なニュアンスに世の中なっているが、なにごとか変化し始めるのが早ければ春からなのか、もしくは米大統領選が終わった直後の11月なのかは分からないが、短いスパンでいえば今年から2015年、長いスパンでとれば2018年、もっといえばここから数十年は、いい悪いではなく、普通は起きないようなことが起こったり、こんなことは初めて起こったね、というようなことが起こってくるように思う。後から振り返ってみるときっと、今年が分岐点になっていたのがわかるだろう。ニュースになったり目立つのは世界、社会の変化だが、それは同時に、「個人」にもやってくる。

個人への"変化"の出方はさまざまあって、必ずこうなるとは言えず、ひとによっては「人間関係や家族」、ひとによっては「仕事、経済」、なにかの「環境変化」、「トラブル」などなど。でも驚くほどの新環境に入ることだけでも人間は、自身の(強制的)変化に導かれるので、5億円当たったという変化でもいいことになる。こういうのなら大歓迎だが、必ずしもそれがそのひとにハッピーに働くかどうかは人生が終わってみないとわからない。つまり、必ずしもネガティブなことが起きなくてもいいが、人間は「レンガで頭を叩かれないと」(byスティーブ・ジョブズ)真剣に変わろうとしないというのも事実なので、結果的にはネガティブなことが多いのかもしれない。残念だけれど。

いま、この次元全体に、メタモルフォーゼのエネルギーがあまねく降り注いでいると考えている。地球自身がひとつの生命体であるから、そこの鉱物世界にも降り注いでいるし、その表面にへばりついて暮らしている人間たちや、動物、植物にも及ぶ。そしてそれらが形成している「場」つまり、私たちの社会システムにも及んでくる。しかし動物、植物などは環境に沿って生きているのであって、人間のように、ああしたい、こうあるべきだ、などと考えているわけではないので、変化の影響は少ししか受けないだろう。

地球にせよ、人間にせよ、社会システムにせよ、それぞれがぜーんぶ一律な影響を受けるわけではない。それは、まだら模様になる。なぜそうなるかといえば、「すでにその変化を"事前に"一部すませてしまっているものがあるから」だ。地球も一部の場所ではすでにその変化を事前に受け入れている。しかし、その変化を受け入れず、圧力を逃がしきれず歪みの溜まった場所もある。そこは身震いせざるをえないだろう。

私たち人間の環境である社会システムが大きく変貌するとき、当然人間も影響を受ける。しかし、その人間にも影響度は、まだら模様になるだろう。なぜならば、私たちひとりひとりの「成長度合い」が違うから。もうすでに新しい時代のエネルギーに身体がなじんでいるひと(前もって、変化を受け入れたひと)には、それほどきつくないのかもしれないし、はたまた突然、ガチョーンとなるひともいるだろう。問題は自分が、どこまで成長しているのか、変化を受け入れているのかが、いまひとつ本人にもわからないことだ。

こうした文章を読んでいるあなただから、きっと突然ガチョーンタイプということはないだろう。だけれども、えてして高名な僧侶ほど死ぬときにジタバタする、ということもあるからなあ・・・。こういうときに、一番影響をうけにくいひとの「体質」は、なんとなく想像できる。それは「無欲な」ひとだろう。単に経済的な無欲さだけではなく、身体がすでに「空(くう)」に近い行動様式になっているようなタイプのひと。これは、こうした変化の時代には「最適ボディ」と言っていいかもしれない。

では、なぜ、私たちにはこうした「お試し」(神さまが言う、あんた、ほんまに大丈夫かいな?)がやってくるのか。しかもひとを選び、荷の重さも選んで、ということだが、それは神さまがあなたに「期待」しているからだ。

あなたが世界を前進させてくれるんじゃないか、と神さまは期待している。これはみんなでやっているゲームであるから、基本は全員参加。しかし、やはりそのなかに「キープレーヤー」というか、「スター選手」みたいなのはいるもので、そのひとがチーム全体を引っ張っていく。彼が極めつけのゴールを決めると、チーム全体の士気も上がるし、新エネルギー適応もぐっと進むというものだ。だから、神さまは、これはと思う人材に対して、荷物を重くする傾向がある。でも、それを背負って山を登るひとはけっこうつらいが・・・。しかし神さま側もいろいろ考えて荷重を決めているので、神さまの目線では、「このひとは、このくらいはいけるでえ」と思っているのである。こんなん軽くてあかんで、もっといけや、てなもんである。

しかし、ひとはえてして、というかほとんど必ず、なんでわたしなんですかあ? なんでこんなに重い荷物なんですかあ? ちょっとひどくないですか? と感じているのだ。

人間は、ソウルのひとつの表現体であるが、グループ・ソウルの統括官みたいなのが、各グループ・ソウルの各代表を集めて、「おい、おまえんとこの、あのあいつな、そうあいつや、あれ、えらいがんばってるわな。おかげで、ほら、みてみ、グループがぜんぶ、チカラ出てきたわな」みたいなグループ競技化しているよーな気がする。

これらの表現は神さまやソウルをあなたとは別、と相対化しているが、本当の本当は、神さまは実はあなた自身であるので、実相としては、「あなたが、あなたを見て、荷物の量を決めている」にすぎないことになる。なんたって、自分で自分の荷物を決めるんだから、誰よりよーくわかるわけだ。自分で自分にガチョーンを出す、というのは、ちょっと変に聞こえるかもしれないが、事実だと思う。つまり結論は、こういう(大きな移行期という)「最適な時期を利用して」、自分で自分を高めようとしている、だけなのだ。しかし、そのことによって、単に地球という単体の惑星を超えて、この全員参加ゲームの高得点ゴールが、この宇宙全体に即座に拡がっていって、別の惑星の耳の大きな宇宙人も大喜び、という大きな恩恵につながることは、あまり知られていない、と思う・・・。

喜多見 龍一


 >  喜多見 龍一の読むワークショップ