【2012年5月号】形のないあっちの次元では、想像したものは存在する。 そしてそれは、こっちの現実にしっかり影響を与える。

15年も前かもしれないが、リチャード・ラビンが公開でエクトンをチャネルするワークショップで、質疑の時間になった。ある参加者が「私の死んだ家族だか、友人だかが、うんぬん」と話しだす。それに対してエクトンが「そのひとはね・・・」と答えた直後に、「実際にはそんなひとはいないんだよーん」と突然その人が言った。会場は一瞬シーンとして次に騒然とした。リチャードはショック状態でトランスから出てしまった。

25年この仕事をやっているが、こうしたトリックは後にも先にもこれひとつ。でも当時のエクトンの本にはそのまま収録した。そこにいた誰もがそこから、なにがしかを学んだからだ。その直後にリチャードは、こう語った。

「エンティティの世界、意識の世界、形のない世界においては、あなたが考えたこと、感じたこと、想像したことは、みなリアルに存在する」「そこでは、本当の現実も、想像上の現実もまったく等価なのだ」と。

たとえばあなたが、今夏来日するアサラ・ラブジョイのコマンドの6ステップをやっているとする。あなたはまだ「実現したい夢」をあれこれ「しゃぶっている」段階で、この世界にはまだそれ(夢の現実)があるわけじゃない。でも、実際はすでに上の次元では存在するのだ。だから、飴(夢)はしゃぶり続けたほうがいい。しゃぶっている間にその飴は練られて、もっと美味な飴になったりもする(夢の拡大)からだ。そしてその"想像上の"現実が、この硬い現実に影響を与え、現実そのものがその飴の形を鋳型として、瓜二つに成形されるのだ。

三次元とダブって存在する四次元か五次元か知らないが、意識の次元、形のない次元に存在する「魔」や「死んだんだけど途中で引っかかっちゃった」存在を使役として使ってしまえ、というのが 陰陽道の式神(しきがみ。ちょっとひどい・・・)。なんで彼らが使われちゃうかというと、彼らに「穴」が空いているからで、この地上に大きな「こだわり」を置いたまま来ちゃったから、その部分を陰陽師に突かれちゃうわけです。

これは、いわばひとの弱みにつけ込む技法で好きになれないが、現代的にこの仕組みを使っているひとたちもいる。気鋭の小説家、役者、アーチストなどによって、この"技法"は活かされている。彼らのは、ポジティブ・ヴァージョンで、いまはこの世にいない人物や想像上の人物から、ある種、霊的なチカラを借りる。たとえばある役者が平清盛を生き写しで演じようとするとき、あるいは小説家が、ある歴史上の人物をイキイキと描きたいときに。

その人物をイキイキと深みまで描写しようとするとき、小説家なり役者なりが、その過去の人物を詳細に長時間調べていくプロセスのなかで、「そのひとに感情移入」し、「そのひとのように考え」ていくことで、だんだんと対象の「魂」の領域に入り込むのではないかと思われる。ひとたびそのひとの「魂」に至る道が拓けてしまうと、あなたとその魂が混じり合って、情報は完璧にあなたの中に流れ込む。あなたは、そのひとが歩くように歩き、考えるように考え、間違えるように間違えるのだ。

この対象は、過去に実際に実在している必要もないし、なんなら人間でさえなくてもいい。現代の私たちが「想像できる」キャラクターは、エネルギー的には、魂次元で既に元型イメージが存在している。そこにアクセスし同調して、その元型ならば、こういう状況ではどう行動するか、としてプロットを動かしていける。

小説家の村上龍は、原稿用紙で確か70枚と言ったと思うが、書くと、その設定人物が自動的に動き出す、と言っている。多くの小説家がそのようにして書き進めている。アクターズスタジオでこの技法を教えているかどうかは知らないが、うまい役者もその作業はしているはずだ。

あなたが、もしなにか特定のことを成そうとするときに、その分野で過去に活躍したある人間に協力をたまわることも、たぶん、できる。そのひとがあなたのなかに流れ込むほどに詳細に長い時間そのひとのことを調べ考えつづけ、その人に感情移入していくと、たぶんそれは起こる。

私自身で100%編集した本は、今までに実際には3冊ほどしか なくて最初の2冊はバシャール単行本2冊。3冊目はクリスティーナ・ホール博士の「言葉を変えると、人生が変わる」だが、この本は対面で質問した答えから作った本なのだが、話言葉で聞くと実に難解で、彼女の世界認識が理解できないまま録音は終わってしまった。ICレコーダから英語を何度も何度も聴き直し、編集で完全に読者が分かる状態までもっていったのですが、もうしょうがないので、クリスの頭のなかに入り込むしかないと思って、どんどん彼女の「思考」と同調するようにした。物理的にはそのときは、彼女の表現している世界をgoogleし調べまくっているわけです。そのプロセス自体が私の思考を彼女の脳のなかに導いていく。徐々に、クリスさんの頭がどのように世界を認知されているのか、世界Aは良しとし世界Bにはアンチなのだ、とか、そのスタイルが自分の頭の中に流れ込んできた。3カ月くらいかかったと思うが、編集の最終段階では、私はかなりクリスさんになっていたのを覚えている。

ひとは、自分以外の別の人格と、合体できるのだ。

喜多見 龍一


 >  喜多見 龍一の読むワークショップ