【2013年5月号】ロバート・シャインフェルドに学ぶ「なんでもあり」の世界観

ロバートの初来日は個人的に楽しみにしていた。2日間のワークショップにも参加してセミナールームからテキストベースだがブログを通じて生報告をしたりもした。

今回のワークのテーマは彼の本2冊のマネーとビジネスのゲームから自由になるの具体的方法論。世界はこうあるべき、ありたいという思い込みから自由な魂としての自分(本来のあなた)を「太陽」とすれば、それを隠して光を地上に届かなくしているのが凝り固まった思い込みとしての「雲」で、その硬い雲にドリルで穴をあける方法を学んだ。

ロバート自身の信念は「自分は常に変わり続ける」であって、彼自身の成長の過程が彼のひとつひとつのコンテンツ(本/ワーク)になっており、それは今も進化・深化しつづけている。彼の現在の居所は「Ultimate Happiness(究極の幸せ)」であって、そのまま次の本のタイトルにもなっている。原著はすでに本になっていて(翻訳、今秋弊社刊予定)、彼は現在その次の本にかかっている。そのテーマは「Ultimate Freedam(究極の自由)」だ。

彼のコンテンツは、先にいくほど「雲」へのフォーカスが薄くなり「太陽」そのものへのフォーカスが強くなる。それはブリーフ・セラピー(短期療法)が「できない原因」にフォーカスせず、「できることと目的地」のみにフォーカスするのと似ている。それはそのまま現在の先端のセラピーの方向性とも合致する。ロバートの場合、少し前(6年半前)に発見した方法論(脱マネーとビジネスゲーム)のなかにもその後の彼のフォーカスの香りが入り込んでいる。それは香りとは、「悟り」である。

ただし彼は「悟り」という言葉まったく使っていない。その言葉には特定のニュアンスがあるからだ。「グルが特殊な修行をすることで得られる進化の最終段階」的な定義は「違う」と。彼のはもっと日常実践的な部分にフォーカスがあって、悟りの状態も意識進化の一段階と思っている。

ロバートと話していると、彼がいろいろなことに、めちゃくちゃ「柔軟」だと強く感じる。ひとはそれぞれ、「ものごとは、こうありたい」という好み・こだわりをもっている。そのこと自体はきわめて自然なことで別に悪いわけではないが。

ロバートと話していると、さまざまなことに、「私自身は、そのことをこういうふうにやっているが、必ずしもあなたはそのようにやる必要はない」と言われる。

これはそう言われた側としては、スーパーやりやすい。しかしここで不思議なことが起こる。そう言われると、言われた側はかえって「彼の想いを尊重しよう」とするのだ。これは不思議で素敵な人間関係的力学だ。 私が観察したところ、彼は本国の日常のどんな局面でも、こうやって過ごしているようだ。彼の行動は、どこを切っても金太郎飴で、そこがなかなか得難くすばらしい。

私たちは、ものの見方に必ずバイアスがかかっている。私たちが直面する「トラブル」とは、ほとんどがこの「バイアスのかかった自分の見方と、相手の見方の違い」によるものだ。

しかしロバートのやり方だと、トラブルになりようがない。なぜなら彼は最初からものごとは「なんでもあり」で、全方位100%の可能性をすべてよしとしているからだ。相手がどうこようがすべてOK。あー、いいですよ、と答えるだけなのだ。

人生のコントロールの仕方で一番、言ってみれば「高級」なのは、自分のまわりの状況を自分の好みの方向に直接いじろうとせず、それはまったく「自由に」させておいて、「状況のほうが、なぜか勝手に自分に最適な方向に調整されてしまう」ことなのかもしれない。

ロバートの生き方は、まさにこれだ。まったくガチョーンがおこらないかどうかはわからないが(たぶん今も起こっていると推測)、仮に起こってもそれに対して「嫌だ」とか「悪いサイン」と認識しないので、状況がニュートラル方向に常に修正されてしまう。こうした例をいくつもロバートから聞いた。

これは「彼バージョンの悟り」の方法である。このなにがいいといって、悟りを「(単なる)マインドのいちステートである」と考えることで、悟りがもっと日常的に使えるようになるのがいい。

いまは、ものごとは「あなたのマインドのステート(状態・姿勢)」が物事を規定していくのだ、ということに世界的にフォーカスがあたっている。そのステートのなかに、「悟り」を入れていく、というのはなかなか素晴らしい方法論ではある。

この認知では、「痛み」や「失敗」は存在しない、というと誤解があるかもしれないが、感情や痛点がなくなりはしないが、あっても「そう認識しない」。こういう状態だと、ひとは「なんでもありな人」へと変貌していく。

かといって現在の自分の「痛み」に逆にフォーカスしていって、反作用として雲を取り除くという物理的プロセスの方にも良さがあって、ここには認知論のある種のわかりにくさ、感覚的な受け入れにくさはない。ここからのほうが抜けやすいひとも確実に存在する。どちらがいい悪いではない。今回、ロバートと直接知り合ってその人柄の良さとコンテンツの良質さに、さらにほれこんだ(私の例のテーゼを再度証明した!)。うれしいことに日本びいきな彼が、多忙ななかを今年の12月にもう一度来日いただけるようだ。「脱ゲーム」(12/7・8)とその次の段階の新セミナー「ハピネス」(12/14・15)を開催の予定。多くの人に、このユニークな、人生に役立つ視点を手に入れてほしい。

喜多見 龍一


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