コズミック・ジャーニーを体験、と上司に言われて「はいはい!」と体験させて頂きました。
わからないけど体験できるのなら参加したい! という不純な動機でした。(いつもです)
体験をダラダラと記載しても、ショコラの文は長すぎて飽きてしまう方が多発中ですので、結論から先に書かせて頂きたいと思います。
自分の宇宙(潜在意識)の奥を、意識しながら体感できる貴重な機会でした。
誘導瞑想、というのが、ショコラは苦手です(←いきなりか)
なぜなら人は言葉に対して意味付けしているので、誘導瞑想している人の言葉に対して自分がしている意味付けが違うと、「言葉」の「意味」に囚われてしまい、言われているような場面を想像出来ないから。
ではなぜ、今回ダニエレさんから得た体験をお伝えしたいのかと言いますと、ダニエレさんの「誘導の文章が優れている」ということではなく、 ダニエレさんの「声が持つ振動数がスゴイ」と体感したからです。
人は振動している、全ては振動している。
だとすれば、人の発する声、というのもまた振動していて、「言葉の意味」ではなく「声の振動」が人に作用する、と感じました。
言葉・文字の組み合わせが、意識を宇宙へ引き込むのではなく、ダニエレさんの声が脳や意識に作用して、コズミック・ジャーニーという体験をさせてくれたのだと思います。
ダニエレさんの経験した臨死体験が、その特徴的な振動数を響かせているのだ、とボクは勝手に思っています。
日頃、臨死体験をしていない自分には、その振動数は決して持つことはできません。
どんな体験をしたかを聞くのではなく、その体験をしたから会得した振動数というのはあると思います。
それこそピアニストやアーティストが、自分の経験から指を動かし演奏するのを聴くことで、音楽の世界に私たちが引き込まれるのと同じように、ダニエレさんの声、という楽器により誘われる宇宙は、自分の想像力を使って、自分の奥から引き出されるものだと思います。
コズミック・ジャーニーは、地球からスタートしました。
最初は、脳がダニエレさんの誘導の言葉を「判断しようとして聞く」ので、想像しようと頑張るのですが、徐々に声を聞いているうちに脳が判断することを放棄していきました。
委ねてしまうと変化は早かったです。
これは、後で体験をシェアして分かったことなのですが、一緒に同じ部屋で誘導を体験していた3人のスタッフが、地球から移動する際に、太陽と思われる空間を通過して移動していました。
「いや、それって誘導したからでしょう? その空間に」
と思われるかもしれませんが、その空間の描写を、ダニエレさんは言葉で一切していませんでした。
にもかかわらず、3人が同じような空間を思い描く、というのは「言葉ではないもの」が作用していたと思います。
臨死体験というのは、意識レベルでの宇宙の体験だと思います。
生から死への体験は、太陽のような空間を通る、ということを知っている人が誘導するから、3人が共有したのではないかと感じています。
完全に異文化な3人だったので、尚のこと実感します。
今回のジャーニーは、スカイプを通じての簡易的な体験でしたが、宇宙へと行く中で意識はしっかり保ったまま自分が体感する宇宙というものを客観的に眺めるということをしていました。
ダニエレさんの誘導に従って惑星を見つけに行くのですが、それが自分自身の一部である、というものでした。
自分を宇宙の中の惑星と考えた時、一体なんだろう?
というのは日頃考えたりはしませんので無意識の中の「自分の自分に対する評価」というものを体感しました。
他の人の体験と比べる、というのを本当にするべきじゃないし、
「自分の宇宙と他の人の宇宙は違う」
という他の講師の言葉を思い出さざるを得ない経験でした。
なぜなら、ボクが体験した「宇宙の中でのボク自身」というのは、惑星と呼べるものではありませんでした。
ボクの認識したものは、おそらくブラックホールというものだったからです。
ブラックホールは天体じゃないじゃないか…と思う自分と、ブラックホールというエネルギーが自分である、という認識というのが、同時に存在している感覚でした。
普段の意識では、重力というものを感じているという認識はないですが、それは自分の顕在意識の状態でのことで、潜在意識の中では重力を感じている自分というのを記憶しているのだと思います。
それもまた知識としての認識なので、実感は、ほぼありませんが。
それを引き出されたような体験だったと思います。
普段、本当はこれを体感しているのか…と。
自分の身体が、本当は感じているのに、自分が日常を生きていくうえで、意識出来なくなっているように思えます。
多分、日頃それを常に体感している感覚があったら、日常生活というのを営みにくいのではないかと思います。
ただの誘導瞑想ではなく、潜在意識を宇宙に置き返して、意識的に言葉ではない感覚で認識して、自覚する体験をしているのではないかと思っています。
もちろん、やり方によっては、他にもこういうのは出来る、と思われるかもしれませんが、脳波を複数名同時にチューニングして同じ音域にするというのは、容易ではないのではないかと思います。
体験談を聞くと引き込まれるのは、体験した人の何かが含まれているから。
だとすれば、臨死体験をした人の持つ音という振動数もまた、体験した何かが含まれていると思います。
それを磨き上げた場合、練習を重ねたピアニストやアーティストのように、人の意識を瞬時に引き込む、ということが出来るように感じています。
宇宙情報を知りたい、と思う方には物足りないかもしれません。
でも、意識の奥にある自分を発見し、認識するということをしたい人には、「言葉」ではないもので、それを体感する、という時間を得られるのではないかと思います。
体験し終わった後に、思考が非常にクリアでした。
クリアでした、という表現しか浮かばないくらいクリアで、スッキリしていました。
瞑想したからじゃないかと、と言われたらそれまでですが。
後日談、というのをお伝えするのなら、
ボクはこれまでも遠隔透視(リモートビューイング)が、何となく出来てはいました。
でも、新しい音域を知ったことで、拾えるものが微細になったように感じます。
知らなかった音楽を聴いたことで、新しい感覚を得たような感じなのでしょうか
…表現が難しいですが。
口伝では出来ない領域のものを、瞬間的にシェアしてもらったような気がします。
脳波的に臨死の状態の音域にいる状態で、意識を保って自分の脳の領域で認識できるものを知覚していくというのは、共感覚、という日頃鍛えられない部分を鍛えるような気がしています。
やり方、とか情報とか、そういうものではなく、これは限りなくアクティビティに近いものだとボクは認識しています。
そしてスポーツでもあると思います。
だから終わった後にスッキリしている気がします。
鍛えられている筋肉は「共感覚」だと思います。
そしてそれを言葉で説明しろ! と言われても難しいですし、本人にしかわからないことです。
これは、言葉を文字として認識している人にはわかりにくいかもしれません。
(中略)
チャネリング能力というのは、共感覚のことなのではないかと思います。
それを自分の中で、どのような形で存在しているのかを見つける、というのがコズミックジャーニーでもあるように思いますので、ボクはとても面白いと思いました。
でもあれですね、文字化して説明するのが本当に難しいですね。