08年9月からVOICEでは4度目の来日。前回の09年9月には体験的な2日間をおこない参加者から大変好評をいただきました。今回は皆さまのご負担を小さくして、半日(4時間)で、レクチャーだけでなく、「体験エクササイズ」「充分長いQ&A」も入れた、ぜいたく仕様&リーズナブルな参加料のワークショップを企画しました。地方からも参加できるよう、遅い開始・早い終了時間に。医療関係の方に限らず、「一般の方」もぜひご参加ください。いまは国の方針もあり、家族が家で家族をケアするケースが増えていますし、ひとがひとをケアするのは「介護」だけに限りません。仕事場で、友人と、家族と「私はあなたを大事に思っています」というメッセージが伝わることは大切です。そして、そのことは「あなた自身に大きな喜び」をもたらします。日頃、ご苦労の多い医療・介護関係の皆さま、パッチとの深い交流を通して、癒されて元気になってお帰りください。
前回の「ひとがひとをケアする喜び」は、こんな内容でした。
(08年9月)
◆私は、1971年に医大を卒業して、「ゲズントハイト・インスティチュート」を設立しました。当時、医者が3名、スタッフ20名、ベッドルームが6つで、初期のプログラムを12年間、無料で提供しました。しかし寄付申請をした1万4千の財団からは、寄付をすべて拒否されましたが。(※当時はかなり奇異に思われていた)
◆無料にしたのは、貧乏なひとのため、というよりは、近くのコミュニティに属するひとには、医療費を払う必要がない、と考えを知らしめたかったのです。
◆ゲズントハイトでは、71年当時から代換医療をおこなう全米でたったひとつの施設でした。
◆私は当時、医師になるときに、患者ひとりにつき8分で相手の状態を認識するように訓練されましたが、当時ゲズントハイトでは、ひとりにつき4時間かけていました。私は相手に深い質問をすることで、相手の人を、とことん知りたいと思ったのです。
◆私はゲズントハイトで、ユーモアを使うことで、生きることや死ぬことでさえも、面白おかしくなるよう目指していました。
◆寄付がなかったので、医師やスタッフは他で働いて無料診療を続けましたが、最初の9年間、どのスタッフもひとりとしてゲズントハイトから出て行きはしませんでした。
◆(反ソの)レーガン政権時代には、いまのロシアにも、ホスピタル・クラウンとして出かけていきました。それはいまも続いています(※今も続くロシアでのクラウンニング)。
◆私は今まで1万人くらいの死にゆく人たちと共にいました。そしてそのことによって、自分自身に、とても得るものがあった。へんな言い方ですが、死にゆく人々と共にいることによって、私はある種、幸せになるのです。
◆ケアとは、能動的な動詞で、報酬を考えることなく、時間を通じて、継続的に相手に対する愛情を能動的に伝達していくことです。
◆ナチの強制収容所で3年間生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクル(※著書「夜と霧」[みすず書房刊]は今も読める)が、こう言っています。「強制収容所にいた私たちは覚えている。私たちの目の前を収容されている人々が通りすぎ、自分が持っていたパンの最後のひと切れを、他の人に差し出しているのを。そのような人々は少ないかもしれないが、常に私たちは『人生の道を選択することができる』のだ」と。
◆パッチの、ケアに関する「7つの信条」
- ひとをケアする理由はただひとつ。人間を愛しているからです。
- ケアは愛を動詞化する。ケアは概念ではなく、行動です。
- ひとを思いやるという人生を送ることによって、あなたは自分のなかで一番深い平和と安らぎを得る。
- 良い意味のお返しをすること(良きカルマを積む/カルマからの解放)。例えば、米国がアフガンに爆弾を落とし始めたとき、私はアフガンの人々を愛したいと思い、即座に現地に飛んだ。
- 平和のためにクリエイティブになる。例えば、死の床でアメイジング・グレイスを歌う。
- 情熱を持ち、不可能だと思っていた夢を見る。
- ひとをケアすることは、科学的見地からしても、あなたのためにいいことがある。
◆私は海外にクラウニングに行くときは、必ず現地の言葉を最低3つは覚えていきます。ひとつは「お友達」そして「ありがとう」「愛しているよ」です。
◆DVDのこの子は(写真の子とは別です)、脳性麻痺です。私は彼女に対して非常に集中しています。そして彼女に触れています。他のなにも目に入りません。私にとって、存在するのは、まったく彼女だけです。
◆私と彼女は(クラウニングなどを通じて)、楽しい時間を過ごしていました。しかし、彼女はよだれを垂らすのをコントロールできません。思わず、よだれに意識が向かって(はずかしい、という気持ち)、楽しさから出て行ってしまいます。でも、私は彼女に伝えます。「いいんだよ、いいんだよ、さあ私の腕によだれを垂らしなさい」と・・・。
いまは家庭内の介護でも医療の現場でも、ケアする側のひとたちが、燃え尽きそうになる厳しい環境があります。ご自身を大切にしながら、ケアする相手に「私はあなたを大切に思っています」とどう伝えたらいいでしょう? ひとをケアすることを「自分の喜び」とするには、どうしたらいいのでしょう? パッチさんは、今までも大変厳しい状況を何度も切り抜けてこられました。それは彼独特の「認知」が役に立っているのもしれません。たとえば彼は『越えられるか分からないきびしい状況』→『ユニークな挑戦をドキドキしながら楽しむ』と考えるクセができています。またどんなひとにも、どんなときにも私たちに必要な「希望」へと今をつなげるために、どうしたらいいのかについても、豊富な事例とエクササイズなどを使って、皆さんと分かち合います。参加者と深く交流するワークショップになると思います。