【1996年5月号】イヤな奴ほどあなたに貢献している…

1996年 5月号

イヤな奴ほどあなたに貢献している…

フランク・キャプラの「素晴らしきなる哉、人生」(It's a wonderful Life) という、ちょっと古いモノクロ映画がある。だいぶ前、知り合いの映画監督からビデオでもらった。メールの締切りが迫る中、夜中に突然もう一度観る(時間がない時にヒヤヒヤしながら観ることほど快感は、ない。関係ないけど・・・)。

ジョージなんたらという主人公が、金と権力の権化のような、ややステレオタイプな「悪役」との確執から、亡き父より引き継いだ住宅ローン会社の経営に8千ドルの穴を明け、雪の降るクリスマスの日に、「自分はなんの役にも立たなかった」と橋から身を投げて死のうとする。そこに天使見習い(羽根がないの、この天使。うまくジョージを助けられたら、神様から羽根がもらえる)が“もしジョージがこの世に存在していなかったら、現在どういう世界が転回しているか”を見せる。
悲惨! 知り合いは知り合いでなく(当たり前だ)、友人は投獄され、とことん落ちぶれ、町は悪徳の町と化している。この地獄を観てみると、まんざら現実の「万事休す」も捨てたもんじゃない。とまあ、こんな筋立てなわけだけど、彼を陥れるイヤ味な「悪役」がいなかったら、彼は「もうだめだ」から「それでも世界は美しい」へと向かうコペルニクス的転回を味わうことはできなかった。

いうまでもなく『すべての人は、すべての人に貢献している』。だれでも人に嫌われるのは嫌だけれど、しかし嫌な役をやることにコミットしている人もいる(本人は無自覚だけど)。幸いなるかな、嫌な奴。幸いあれかし、嫌な奴。

誰もやりたがらない役をやり続けることで、あなたに貢献しつづけている人がいる。彼らは、嫌な配役であるがゆえに、ダイヤモンドのように美しい。

  喜多見 龍一


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