若月講師特別インタビュー!「創造主から受け取り与える生き方の意識の創り方と魅力」

若月講師特別インタビュー!『創造主から受け取り与える生き方の意識の創り方と魅力』

今回のインタビューは、受講生の方々から、講座では聞けない質問を頂き、若月先生にお答えいただきました。

質問内容は、

  • 「潜在意識の講師をされているお友達を、是非セミナーにお誘いしたいのだけれど、どうしたらよいですか?」
  • 「書籍『スピリチュアル・リーダーになる』の出版前と出版後で、受講する方の傾向の変化がありますでしょうか?」
  • 「やはり、病気になって死ぬよりも健康体で死ぬほうが魂という観点からでは良いのでしょうか?」
  • 「徳分はどのようにすれば積まれますか?」
  • 「本当にパートナーとのカルマが解消されたら、どのようになりますか?」
  • 「『魅力』とは、なんですか?」

以上です。
スピリチュアルの本質、成功を目指す上では最高の内容になっておりますので、是非ご覧ください。


スタッフ
「潜在意識の講師をされているお友達を、是非セミナーにお誘いしたいのだけれど、どうしたらよいですか?」というご質問です。
私もこの方のお誘いしたいという気持ちが良くわかります。
私の場合は、2年前から若月先生の担当させて頂いています。
大阪のステップ1で「精神」という言葉の真の意味を「神なる精」「エッセンス・オブ・ゴッド」であることをお伝え頂いたときに、精神世界ということへの見方や、自身のスタンスが一変した感動が今でも蘇ります。
そして、この感動は、日々更新されています。
より多くの方に自分が感動した若月先生の講座をお知らせできればと思っております。
ご質問を頂いた方のご友人のように、ヴォイスのお客さまには、潜在意識の講師などされている方など、精通されている方が多いように思います。
是非その方たちにも担当としては、受講していただきたいと思っているのですが、いかがでしょうか?
若月講師
潜在意識の人生への活用を学ばれたり他の方にお伝えすることを探求されている方の全てが、意識と精神を明瞭に弁別してその質や働きを探求されているという訳ではないので、精神(エッセンス・オブ・ゴッド)の質にそぐわない方向に潜在意識の創造の力が人生に作用してもそれが願望実現のパワーとして働くのであればそのことに特に留意していないことも多くあると思います。
「潜在意識の力を使って願望を実現しても精神(エッセンス・オブ・ゴッド)の質にそぐわない創造があれば、それは人生において否定的側面となる」とお伝えするような部分については、すでにプロとして潜在意識の現実化のパワーに主にフォーカスされて活躍されている場合は、初めから手放しで受け入れにくいこともあると思います。
ですが、お友達とのご縁もあると思いますので、その方々の御魂が活性化して、精神にさらに興味を持たれることを信頼する祈りをされて、その方がどの様な選択をするかにゆだねることがいいと思います。
ステップでお伝えしているように祈りによって、その方々がさらに素晴らしく活性化されるようにサポートしてみてください。
スタッフ
ありがとうございます。はい、実践します。
では、次の質問にいかせて頂きたいと思います。
「書籍『スピリチュアル・リーダーになる』の出版前と出版後で、受講する方の傾向として変化がありましたでしょうか?」という質問です。

VOICE刊

若月講師
本を出す前は、一般的なアカシックレコードに関わる書物に多く言及されているような、世界の未来の劇的変化の予言を信じて、そのようなコンテキストにスピリチュアルリズムがあると思っていた方もいらっしゃいましたが、
『スピリチュアル・リーダーになる』を出版させていただいてから、人生をスピリチュアルなエッセンスを中心として自ら変化創造することで、世界の変化に貢献することに興味が強い方が多くなったと思います。
ですが、書籍を読んでこられる方は、思考が先行する傾向がある方も少なくないと感じます。
自己観念を論拠にした思考でスピリチュアルをとらえ、人生の一部にする傾向が強い方に「感じることを人生の方法として甦らせてください」ということも多くなったと思います。
スタッフ
理屈や思考の部分は、それほど重要ではないということでしょうか?
若月講師
思考が適切であるためには、その思考の初発の命題=信念・観念が真である必要があります。
ですから、信念・観念の徹底的なスピリチュアリティへの的確さとそこから派生する論理の的確さの厳密な吟味によってのみ思考に適切なスピリチュアリティに根差した結論にたどり着けます。
ですが、私たちの人生の体験から感じたことを元に私たちの信念・観念は生まれていますので、まず感じるという源に戻って、その感じたことという自分の反応が、どこから生まれたのかと言うことの吟味に意識を持っていって頂ければ、スピリチュアルな人生の拡大にはあまり役にたたない思考は溶かすことができて、思考と感じることを統合する方向に向かっていけるでしょう。
スタッフ
なるほど。人生をスピリチュアルな豊かさに基づいて創造していくためには、あまり役にたたない思考で作り上げた信念・観念を溶かしていくことをステップ1やステップ2では行いますね。これは、本当に重要だと実感しています。
では、次の質問なのですが、講座の内容とは関係がないかもしれませんが、どうしても聞きたいという質問を頂いております。
「やはり、病気になって死ぬよりも健康体で死ぬほうが魂という観点からでは良いのでしょうか?」という質問です。
若月講師
現実の全ては基本的には私たちが自らの自己概念と信念・観念を元にして描いているこういう風に人生をもっていきたいと決意したいくつものストーリーに従っているんです。私たちが描いているそのようなストーリーは極端に言えば全部エゴの産物です。
ですから、病になるのではなくて、何らかの理由で病になるストーリーを書いています。
そのような信念・観念・決意によって造られたストーリーがなければ、病にはなりません。そして病のストーリーを書いていても、病で死ぬかどうかは別の問題です。
死ぬのは生命エネルギーが枯渇するからです。全エネルギーが枯渇しなければ、病になっても死にません。
枯渇するには供給が終わる必要があります。それが寿命です。
病のストーリーを書いたまま、「ずっと私、病なの。病なのよ。」と言いながら、生命エネルギーが枯渇しなければ100歳以上生きて、日本最長寿となって死んでいく可能性もあるわけです。だから、寿命と病とは別です。
死ぬときは、生命エネルギーが枯渇するということ、つまり寿命で、そしてどういう風に死ぬかは死をどう捕らえているか、死のストーリーをどう描いているかで死に方が決まってきます。
スタッフ
そうなんですね。ありがとうございます。
では、次の質問をさせて頂きます。
「徳分はどのようにすれば積まれますか?」という質問です。
若月講師
徳を積むには、人生自体に明確に目的を持つことから始まります。
そして、その目的を霊的目的を中心にすることが絶対に必要です。
意識をフォーカスしたものが、人生に顕著に顕れてきます。
ですから、霊的意義を自分の人生の目的の中心にすべきなんです。
霊的適切さに根差した思念・態度・行動・言動によって徳は積まれますから、霊的意義を自分の人生の意義にするというところからしか徳は積まれません。
それにはエゴを自己としてみることをやめることから始まります。
エゴは自分の出会う世界と自己の状態には関わりがないという分離を人生の見方にしている自己です。
自分の出会う現実は全て、自分自身の意識のなんらかの影響によって創られているという『つながり』から物事を見るということを始めることがエゴからではない見方が始まります。
そのようなエゴからではない人生観に人生を変化させていくという価値観(=スピリチュアルな人生を生きるという価値観)があった上に、そのつながりの中で自分が思念・態度・行動・言動によって何を受け取り、思念・態度・行動・言動によって何を与えるのかを霊的意義に根差してどんどん純粋化していくんです。
それによって積まれる徳の質が向上していきます。

※和魂:全てがともにうまくいくように皆で共に望もうという、創造主の示唆に共鳴している私たちの精神の一部。

霊的意義に根差し純粋化していく中心は、和魂(にぎみたま)に従うこと。
「全てがうまくいきますようにという心」を、宇宙創造の心から全てがうまくいくために受け取って、全て上手くいくことのために世界に与えていくことです。
全て上手くいくことを徹底的に追求していくと絶対に、全宇宙創造主の全体とつながった意識というものまでの価値観にいかざるを得なくなります。
このくらいで自分が上手くいくだろうと思ったら、社会でぶつかる。では、そこでみなうまくいくようにと見ていくと、それに大きなコミュニティでぶつかることもある。
どんどん全てがうまくいくようにと視点を拡大していくと最後には、全体とつながっているマインドにつながって、その視点からの洞察をもとに選択することになっていきます。
全体につながっていく探求が始まるんです。
その探求が始まると何が起こるかというと、私たちのエゴというのは、それを否定してきた連続の意識なので、エゴの信念・観念と決意と選択をまた選ぶのかそれとも、宇宙創造の視点(創造神、本仏の視点といってもいいと思いますが)で選ぶのかという選択の連続の人生を歩むようになります。そして宇宙創造の視点の選択をすれば徳は積まれていきます。
その時、エゴはエゴの存続を賭けて、宇宙創造の視点の選択はさせないように、その選択を妨げるあらゆる状況を創造し、あらゆる思念と感情を産み出して、宇宙創造の視点からの選択(=スピリチュアルな選択)をしないようにさせます。
そのエゴが沸き上がらせるあらゆる事柄に直面しても、それでも宇宙創造の意向に従うのか、私はいままでのエゴが創ってきた歴史の中で生きるのでいい。この程度でいい。この程度のエゴで適当に楽しく生きたい、それでいいと思うか、その選択の連続なんです。
その選択の連続において「天意(=宇宙創造の視点からの選択)、天意、天意、天意、天意」と選択を積み重ねた足跡によって徳がつまれていきます。
徳を積む人生というのは、それをやっているか、やっていないかなんです。
スタッフ
ということは、霊的成長にフォーカスしないで、現実的成功だけを求めている人は、その徳分という点ではいかがですか?
若月講師
より明確にすると、現実的成功と呼ばれるものの一番の中心の価値観に霊的意義が据えられていなければ、その現実的成功によって徳が大きく拡大していくことはありません。
エゴがエゴの信念・観念をもとに定義した成功の状態が行う選択が純粋な徳を積み上げる選択になっていくことは無いでしょう。
的確な霊的意義というのは、先ほどお伝えしたように、宇宙創造の視点から現れてくるものしかないのです。
それぞれの状況や個人の状態の違いによって、徳を積む表現的行動と選択に多様性はあっても「天意に沿った選択をする」ということなのです。
現実的成功と霊的意義に基づいた成功の違いはそのようなところにあります。
エゴの定義の現実的成功というのは、「手に入れた」というニーズを満たす一時的な喜びを成功の実績に感じることがよくあります。
そこで内面深く意識を向けて内面を感じると、その成功では虚しさが起きているのです。
その虚しさについて、探求し始めてその源を本当に突き詰めそれを溶かそうと思うと、やはり全体性につながっている意識の探求のというものに向かっていきます。
スタッフ
ありがとうございます。全てがうまくいくことを見直しながら生きる生き方ですね。
では、次の質問にいかせていただきます。
「本当にパートナーとのカルマが解消されたら、どのようになりますか?」という質問です。
若月講師
あらゆる分野で人生が円滑になります。
そしてパートナーや関わる人々に対して、要求より「見返りなく犠牲でなく、してあげたい」ことの方が多くなります。
そしてそれがパートナーとのカルマが解消されていることの基準です。
もちろん、「してあげたい」という意図が、埋め合わせや犠牲ではなく愛かどうかは確認する必要があります。
スタッフ
その途中段階の大変な時期に気をつけたほうが良いことはありますか?
若月講師
基礎的なところから話しますね。スピリチュアルな生き方というのは、たった一つしかないのです。
それは私たちの内なる神性仏性の部分をもって、天から何かを受け取って、その受け取ったものの中で、「その人にあげてくださいよ。」というものをあげる、「この世界に奉仕してくださいよ。」というものをこの世界に与える、そのたった一つしかないんです。
それがパートナーシップにおいても同じです。だから、その心に向かって私たちが進んでいくと、欲しい、よりも奉仕したい、感覚が大きくなっていきます。
例をあげて説明すると、Aさんが創造主から「Bさんに上げてね」とは言われていないお饅頭を持っていて、Bさんがそのお饅頭を欲しがると、カルマを作るんです。
別の方に上げるお饅頭を見て、「それ欲しい」というとカルマの心をつくり、それを奪うともっとひどいカルマを作ります。
人生で私たちの何らかの要求が満たされない現実に出会うとき、これをしているか過去にそのようなことを積み重ねています。
恋愛においては、その人と付き合うはずではないのに、「欲しい」というとスピリチュアルにはカルマの波紋を造ります。
ですから、そのような心の動きを助長することはスピリチュアルな的確性を持った人生を歩みたければ行うべきではない選択です。
それをすると、問題が起きて、その後に執着が起きるカルマを造ります。
恋愛で告白をしても告白しても、「うん」と言ってくれない、(=今の意識の段階で天意はその人はあなたが受けとるものだとは言っていない。)ときに、「なんでこんなに一生懸命愛して告白しているのに認めてくれないんだ『このやろう!』」と恨みにいってしまうようになったりするとネガティブなカルマの引き金をひいていきます。
そのように、天意が与えていないものを欲しがってもらえないことでネガティブな感情を産み出したり、奪ったりするところから、あらゆる問題が起きてきます。
スピリチュアルな生き方に本当に立ち返っていくと、まず自分が天から受け取ってそれを天意が示すところにあげることばかり考えるので、天恵の流れがないところで欲しがって造る問題はなくなっていくでしょう。
天から降りてきている天恵のスピリチュアルな意識の世界の黄金の玉があって、もしそれを欲しいと思ったときには、自分用にそれを天から受け取ってくれている人がいて、そこから受けとればいいのです。
そのときにはそれを欲しいと思うと、天から「そこに行ってもらってちょうだい」と言われます。
そこに行くと、「はい、どうぞ」とくれるので、そこでちゃんと上手く行くはずなのに、そこに行かない選択をするところに天意に合わせないカルマ(=スピリチュアルに生きないカルマ)があるんです。
スタッフ
恋愛において、セクシャリティにおいては、みなさんそれぞれに痛みがあったりとかして、拒絶してみたり、恋愛やセクシャリティが悪いものや嫌なものと決めてしまってたりして、欲求を止めていたりしますが、スピリチュアルな意識の探求の中では、天意が連れてきた相手に天意でもって尽くして、恋愛意識やセクシャルな触れあいも積極的に解放していったほうが良いですよね。おそらく、駄目ってしている人が多くいるように思います。
若月講師
恋愛意識やセクシャルエネルギーを裁けば間違いなくスピリチュアルな人生の活性化のエネルギーも止めてしまいます。
天意が「君は、ここから受け取りましょうね」というのがあるんです。それを止めてしまうでしょう。
スタッフ
それは、相手を選択する時には、どのように厳密にみて確認したら、良いですか?
若月講師
厳密にみるというのをわかりやすく伝えるなら、執着していない意識へ自己を癒すこと、上手くいかない関係を愛を以て変化進化成長させていくこと、その中で、天から「気がつきましょうね」と言われていることを見つけて受け入れることですね。
スタッフ
なるほど。上手くいかない関係を愛で変化進化させていくんですね。これから気をつけます。
最後に「『魅力』とは、なんですか?」という質問です。
若月講師
魅力というのを、人は何に感じるかというと、「もらえるもの」に感じます。
魅力というのは、与える力そのものです。与える力が大きいとその人に魅力を感じるんです。
魅力の一番シンプルな真理はそこにあります。
スタッフ
確かにシンプルな真理ですね。天からたくさんのものを素直に受け取り、それを適切に与えている人に真の魅力を感じるんですね。ありがとうございます。
スピリチュアル・リーダー養成講座では、真の魅力の開花の礎を築いていくことなりますね。
是非、多くの方にこの講座を受講していただき、真の魅力を開花して、リーダーとして生きて頂ければと思います。
先生、本当にありがとうございました。